樽下圭司さん「格闘技を通じて得た人生経験は私の財産」

樽下圭司さん「格闘技を通じて得た人生経験は私の財産」

先日お話を聞いた大原道広さんから「キャリアや人間性からも一度詳しく話を聞いてみたい方」と推薦があったのが樽下さんだ。

吉岡広明代表が主催するパラエストラ和泉に所属されつつ、ブラジリアン柔術以外にも様々な格闘技を経験されている樽下さん。個人的にも関西の格闘技業界の方々には少々縁遠かったこともあり、前回の宇原さんに引き続いて願っても無い機会だった。

インタビュー

SNSを拝見すると野外でトレーニングをされているようですが、このコロナの状況で柔術ライフはどの様に変化しましたか?

自身の生活スタイルにも多分に影響が出ています。

私は緊急事態宣言が発令され道場の臨時休館になる前から自主的に道場練習は自粛していましたが、柔術のみならず格闘技関係者の人たちは練習できず大変苦労されている事と思います。

私自身は今自分に出来る事をやっていこうと思い自主トレーニングしています。自宅は狭いのでアウトドアトレーニングに特化していますが、もちろん「密にならず!他人に迷惑かけず!自己責任で!」を念頭に置いてしております。

ただアウトドアなので寝技のムーブはほぼ出来ず、フィジカルトレがほとんどです。公園の遊具を使って腹筋したり、木の枝にぶら下がって懸垂したりしてます。

こういった時なので逆にあまり意識してこなかった部分を鍛えてやろうかと思って情報集めてやってます。以前からアウトドアでのトレーニングはやっていたので特に悩むことはありません。

ジークンドーがお好きなようですが、元々格闘技に興味を持たれたきっかけは何ですか?

格闘技は幼少の頃から全般的に好きでした。

その当時夢中になったのは、大まかなところではブルースリー、空手バカ一代、アントニオ猪木(まぁ新日本プロレスですね)からUWF系、K-1、PRIDEの流れですかね。

ただ幼少期の故郷は静岡の山奥の田舎で、回りにそういった環境がなかったので自分自身はずっと野球をやっておりました(結局大学まで)。格闘技はずっと好きだったので頭のどっかでは考えてはいたのですが、実際するようになったのは29才のときに大阪から静岡の故郷に3年ほど帰郷した時期があり、そのときに友人が通っていた極真空手の門を叩きました。

その後色々あって大阪にまた戻ったのですが、日々の生活に翻弄されながらしばらくブランクがあって39歳(2007年)の時に現在所属のパラエストラ和泉に入門しました。

元々打撃信奉者(というかアンチグレイシー)だったのでほぼ打撃クラスに出ていたのですが、ケガをしたのをきっかけに柔術クラスに出始め、そこで柔術にハマってしまってからはほぼ柔術オンリーになりました。

2年ほど前に柔術で黒帯をいただいたのを一区切りに、柔術のみならず武術的な部分をもっと掘り下げたいと思い幼少の頃に夢中になっていたブルースリー先生が創始したジークンドーを習いたいと思っていたところ、道場にちょうどジークンドーを習っている方がいらっしゃったので私も入門させていただきました。

私が入門した団体は「IUMA日本振藩國術館」という団体で、そこで代表を務める中村頼永師父は初代タイガーマスクそして修斗創始者である佐山聡先生のお弟子さんであり、今私の現在の境遇はその流れで行くと自然な流れなのかなと思っています。

今まで印象に残っている試合があれば教えてください。

JJFJ2012全日本大会で、日系ではないブラジリアンと試合したのが印象に残っています。すべてが自分にとってお初づくしの大会だったというのと、外国人(欧米人系)の人のパワーを肌で感じたので印象に残ってます。

直近では、アマチュアクインテット関西大会のマスター部門で優勝できたのが印象深いです。これも初開催大会(クインテットが)、初ノーギ、初団体戦出場というお初づくしの大会で、自身は2試合戦っていずれも分けだったのですが、個人競技である格闘技でチーム一体感を強く感じ取れた事は自分の中で非常に貴重な体験が出来たと思います。

− チームパラエストラ和泉 アマチュアQUINTET優勝

あと、時系列では順番が逆ですが、アライブの鈴木代表が主催された愛知オープンという大会に青帯の時に出場したのですが、初県外遠征、初単独遠征試合、初セミナー参加というこれまたお初づくしの試合でした。

この時前出の堀内さんと試合して今でも仲良くさせていただいてますし、その時の早川光由先生のセミナーでは大原さんにお声掛けいただき、スパーでは胸をお借りし今も仲良くさせていただいていることを思うと、何かのご縁を感ぜずにはいられません。

− 早川光由先生セミナー 愛知オープンにて

柔術だけでなく「人間としての強さや生き方」を追求しておられるようにも感じますが?

作家の伊集院静氏の名言で「連(つる)むな、逃げるな、孤独に慣れろ!抵抗しろ、改革しろ、妥協するな!すべては覚悟からはじまる」という言葉を、手帳を年毎に換えるときに常に表紙に記載して自分の戒めとしています。

格闘技が強いだけでなく、人として強くありたいとは常に思っていますし、そのための武道・格闘技であると思います。今世の中は大変な状況になってますが、こういった逆境のときに自分自身の真価は問われるのだと思います。

パラエストラ和泉は総合でも柔術でもよく名前を耳にするジムですが、ジムの特徴や雰囲気について教えてください。

私の所属している道場“パラエストラ和泉”は、大阪の和泉市にあります。代表は元プロシューターであり柔術黒帯の吉岡広明先生です。

立地的には大阪にあるパラエストラ(大阪、和泉、東大阪、森ノ宮、天満)の中では唯一の郊外型道場です。柔術クラスがメインになってますが、総合格闘技道場なのでプロMMA選手や元プロ選手も所属しています。現在、「ONE Championship」を主戦場にしている日本人TOPファイターの一人である“竹中大地”の活躍は言わずと知れてるところかと思います。

あと交流制度で大道塾の方も何名か柔術の練習に参加されています。

柔術組は現在黒帯は吉岡代表含め4名で、あとは色帯から白帯までバランスよく所属しています。マットスペースが狭い分吉岡代表がクラススケジュールを常に創意工夫しながら臨機応変に組み立てていますが、スパーリングは元立ち方式(一本勝ち残り式)というところは不変で、人数が多いときは時間延長したりするので意識してやればけっこうハードだと思いますが、強制では無いので途中入退場もぜんぜんOKです。

雰囲気は柔術組は年齢層も高いということもありアットホームです。ただ試合志向の人もいて、出場決めた人の試合までのスケジュールに合わせて追い込み練的にしてくれるときもあり、吉岡代表の指揮のもと非常に纏まりのある道場だと思います。

打撃・総合組はある程度の緊張感を持った練習をしていますし、竹中選手の試合が決まり追い込み練が始まれば張り詰めたような空気感の中で、みんなで竹中選手をバックアップしようというワンチームの面もあり、パラエストラ和泉は様々な一面を持った道場だと思います。

まさしくマーシャルアーツコミュニケーションを体現しています。

− パラエストラ和泉の皆さん

柔術やMMA含め影響を受けた選手や注目の選手はいますか?

柔術はじめた頃は柔術選手ではレオジーニョ選手やマルセロ・ガウッシア選手、日本人では佐々選手をよく参考にしていましたが、柔術の練習に対する考え方を変えさせられたのはトラスト柔術アカデミー生田誠先生です。

なぜかお会いしたいと思い立ち、突然出稽古にお邪魔させていただいたのですが、それ以降生田先生には道場単位で気に掛けていただき交流させていただいてます。

− 生田誠先生とトラスト柔術アカデミーにて

私は柔術や格闘技に限らず、目的意識が非常に高く強固な意志を持ってると感じる人はどうしても意識します。ウチの竹中選手のストイックさや集中力は感服に値しますし良い刺激をもらっています。その選手と同じ空間を共有できる事を幸せに思います。

今、月に2回フィジカルトレーニングとしてレスミルズプログラム(GRIT)のプライベートレッスンを30分受けているのですが、このレスミルズのインストラクターの先生も、自分のしている事に対し揺ぎ無いものを持っていると感じ約一年程前からレッスンをお願いしました。

個人的に関西の柔術界は関東とはまた違った独特の盛り上がりがあると感じますが、樽下さんから見て関西の柔術界はいかがでしょうか?

全国的にそうだと思いますが私が柔術を始めた頃に比べて柔術人口も増えて、各地方大会も増えるに従い地域ごとに特徴が出てきているのかなとは思います。

関西でいえば、古くはワンマッチ大会の「レグナムJAM」の活動では柔術初心者の敷居を下げて普及に貢献されてます。

「プロ柔術MATSURI」が定着することで選手のモチベーションも高まる事により選手の個性もはっきりしてきてレベルもアップしていると思います。

また合同練習会も多く開催されます。地域を盛り上げる為にご尽力いただいている関係者の方々には感謝しています。

私個人としては特に地域として特別な思い入れとか考えを持ってやってるわけでは無いのですが、やはり柔術人口が多く選手層の厚い関東(東京)の大会で勝って、自分で自分を強くなったと納得させたいという思いがあり関東中心に遠征しております。

まぁ正直言うと関西は顔見知りが多くなってやりにくいという事もありますが…

最後に樽下さんにとって格闘技とは何ですか?

皆さんも感じている事とは思いますが、格闘技を通じてできた仲間を含めた道場LIFEは自分の大切なものであります。その格闘技を通じて全国いろいろな人と知り合う事ができましたし、ご縁を持つこともできました。

これまでやってきた事で十年以上続けている事は柔術だけなのですが、社会生活のなかで格闘技をあまり知らない人にも、一つの事を長く続けている事で一目置いてもらえるようにもなりました。

仕事で初対面の人にも、まず体つきで何か身体鍛えているようなことをしているのか聞かれますし、格闘技を知ってる人は体つきと耳を見て必ず聞いてきます(笑)。

営業職にあってファーストコンタクトがあまり得意ではない自分には、スムーズにコミュニケーションもとる事ができるようになり仕事面でも助けられる事多々あります。これはもう私の財産であるといってよいほど格闘技を通じて人生経験を積ませてもらっています。

インタビュー後記

お話を聞き、樽下さんにとってブラジリアン柔術やジークンドーはあくまでも手段であり、目的は「人・生き方」の追求なのでは、と感じた。

実際に、伊集院静氏の「連(つる)むな、逃げるな、孤独に慣れろ!抵抗しろ、改革しろ、妥協するな!すべては覚悟からはじまる」の厳しい言葉を座右の銘として掲げておられるのは圧倒される。妥協しがちな私にとって”大変耳の痛い”しかし学びになったお話だった。

また、私からのお願いでパラエストラ和泉や関西柔術界のお話もしていただく形にもなったが、詳しく丁寧にご紹介いただいたことにも感謝したい。個人的に関西地区の格闘技界はやや遠いものだったが、今後広がるであろうご縁も楽しみである。

樽下さんのご協力に深く感謝します。

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